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真実か、配慮か:RPGシナリオで考察する情報開示の倫理と意思決定

Tags: 倫理学, 意思決定, 情報開示, RPG, 批判的思考

はじめに

情報開示の倫理は、現代社会において極めて重要なテーマです。企業統治における透明性、医療現場でのインフォームドコンセント、あるいは個人的な関係における信頼構築など、多岐にわたる場面で私たちは「何を、いつ、どのように伝えるべきか」という問いに直面します。このジレンマは、ロールプレイングゲーム(RPG)の物語の中でも、プレイヤーがしばしば直面する重い選択として描かれます。

本稿では、架空のRPGシナリオを通じて、情報開示に関する倫理的ジレンマと、それに対処するための意思決定プロセスを考察します。この内容は、大学の教養課程において、学生が倫理学や批判的思考の抽象的な概念を、より実践的かつ魅力的な形で学ぶための教材として活用できるでしょう。

RPGシナリオ:疫病と賢者の秘密

遠い昔、世界樹の恵みを受ける豊かな村「エルダーウッド」がありました。この村には、古くからの言い伝えを守り、村の平和と人々の健康を司る賢者「アルバン」がいました。彼は村人から深く尊敬され、彼の言葉は常に真理として受け止められていました。

しかし、ある日、エルダーウッド村に原因不明の奇病が蔓延し始めました。特に幼い子供たちが高熱に苦しみ、命を落とす者も出始め、村は絶望に包まれました。プレイヤー扮する冒険者は、この危機を救うため、賢者アルバンと共に解決策を探ることになります。

調査を進めるうち、冒険者は衝撃的な真実を発見します。この奇病の原因は、賢者アルバンが若き日に禁忌とされる古代魔術の研究中に誤って生み出してしまった魔物の胞子であり、その胞子が村の水源に流れ込んでいたのでした。アルバンは自らの過ちを深く悔い、その事実を隠して治療法を模索していました。彼自身もまた、過去の過ちが露見すれば村人の信頼を完全に失い、最悪の場合、村から追放されることを恐れていました。

賢者アルバンは、唯一この奇病を治すことができる秘薬の調合法を知っており、実際にその薬は病気の進行を遅らせ、回復に向かわせる効果を発揮し始めていました。しかし、彼は自らの名誉と村の平穏を守るため、病気の原因については一切口を閉ざしていました。

冒険者はここで重大な選択を迫られます。

倫理的ジレンマと選択肢

プレイヤーは以下の三つの選択肢を前にして、情報開示の倫理と、それがもたらす結果について深く考察することになります。

選択肢A:賢者の過ちを村人に告発し、真実を明らかにする

選択肢B:賢者の秘密を守り、彼に治療に専念させる

選択肢C:賢者と協力し、情報開示の範囲と方法を協議する

思考フレームワークとアプローチ

このようなジレンマに直面した際、以下の思考フレームワークが有用です。

  1. ステークホルダー分析: この問題によって影響を受けるのは誰か(村人、賢者、患者、冒険者自身、村の未来など)を明確にし、それぞれの立場や利害、懸念を理解します。
  2. 短期的な影響と長期的な影響の評価: 各選択肢が、直近の危機(病気の治療)に与える影響と、村のコミュニティや信頼関係、将来的な安全性に与える影響を比較検討します。
  3. 倫理原則の適用:
    • 真実性(Veracity): 真実を語る義務。
    • 無危害(Non-maleficence): 危害を加えない義務。
    • 公正(Justice): 公平な扱いと資源の配分。
    • 自律(Autonomy): 他者の自律的な意思決定を尊重する義務。 これらの原則が各選択肢においてどのように衝突し、どれを優先すべきかを議論します。
  4. 代替案の模索: 提示された選択肢以外に、より良い解決策がないかを多角的に検討する創造的思考も重要です。

教育現場での活用提案

このRPGシナリオは、大学の教養課程における倫理学や批判的思考の授業において、以下のように活用することができます。

まとめ

RPGの物語は、単なる娯楽に留まらず、複雑な倫理的ジレンマと意思決定の訓練の場として機能します。本稿で提示した「疫病と賢者の秘密」のシナリオは、真実を語る義務と、配慮や安定を優先する功利的な視点との間で揺れ動く、情報開示の倫理的難しさを浮き彫りにします。

これらの仮想体験を通じて、学生は抽象的な倫理概念を具体的な状況に適用する力を養い、多様な価値観が衝突する中で最適な意思決定を下すための思考力を高めることができるでしょう。そして、それはゲームの世界だけでなく、彼らが直面する現実世界の複雑な問題に対処する上での貴重な指針となるはずです。